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      <title>きれいになりたい！</title>
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      <description>人気のクリームのメモ。高くて手が出ないよー…。</description>
      <language>ja</language>
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         <title>子午線のはじまり　2</title>
         <description>十干は陰陽五行説から出ており、五行(木、火、土、金、水)をそれぞれ兄と弟に分けます。


甲は木兄、乙は木弟などと訓読みするわけです。


また、十ニ支の文字は植物の生長過程を示すものでしたが、中国の後漢の頃よりネズミ、ウシ、トラ、ウサギなどの動物を配するようになったといわれます。


・・・こうして十干と十ニ支の組み合わせで60通りの順序ができ、年月のほかに、時刻や方位にも応用されるにいたりました。


丙午の生まれの女性は気性が激しく、夫の命を縮めるとの俗信などは、有名です。


「丙」は火の兄で、「午」も火性なのです。


&quot;八百屋お七&quot;がこれに当たり、最近では昭和41年が丙午だったために、この年の出生率は急減しました。


ほかにも丑三つ時、お八つ、子午線(子は北方、午は南方)など現在も生きている用語があります。


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         <pubDate>Mon, 09 Jan 2012 16:54:24 +0900</pubDate>
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         <title>子午線のはじまり</title>
         <description>現在でも十干十ニ支の暦、高嶋易断は隠れたベストセラーだといわれます。


スペースシャトルが大気圏を飛び出す時代になっても、私たちには俗信に心ひかれる何かがあるものと思われます。


干支による紀年法は、紀元前4世紀頃に中国ではじまり、その後日本に伝えられました。


干は幹、支はその枝を意味して、相互が補い合いながら順序を示します。


干は日の記号で、一か月を上中下の三旬に分けて、一旬の10日間斎日々記号したので十干あります。


支は月の記号です。


1年12か月につけたので、十ニ支あるわけです。

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         <pubDate>Sat, 17 Dec 2011 16:52:43 +0900</pubDate>
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         <title>生物学者</title>
         <description><![CDATA[生物学者は、かきが潮によりともかくも運動させる体内時計をもっていると仮定しています。


しかし、ノースウェスターン大学の生物学教授、フランク・ブラウンはかきが月の直接的作用に敏感であることも同じように可能であると推理した。


彼はいまでは古典的となったことを行った(ブラウン、1955、1959)。


コネチカット州のロングアイランドの海岸から十二のかきを採り、イリノイ州の彼の実験室まで、数千マイル離れた内陸へそれを運んだ。


最初の十日ばかりの間、体内時計をもっているという仮説と一致してかきはコネチカットに帰ったかのように、殻を開けたり閉じたりすることを続けました。


しかしかきのリズムは、エヴァンストンにおける大潮と小潮であったものと思われるもの海岸で与えられたならばーにしたがって新しいルーチンに変った(地上のどこかで理論的潮時をつくることは可能です)。


かきはいまや、月が新住居の真上にあるとき、餌をとるために殻を開いた。


光、気温、気圧はエヴァンストンの実験室では一定に保たれたので、かきは月からの引力に直接、反応しているようだったし、それによって時計をリセットしたようでした。


とにかく、その結果に対する別のはっきりした説明はなかった。


したがってわずかではあるが(月からの引力は、本書で読者に働きかける潮の力より数倍小さい)、遠距離の天体の力が生活体に影響しうるという証拠がここにあります。


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         <pubDate>Tue, 22 Nov 2011 18:31:17 +0900</pubDate>
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         <title>経済計画と生産能力　4</title>
         <description>過剰な投資活動は状況の変化による分配優先度の再評価にも起因するものです。


分散化した投資支出を統制するにあたっての困難は国内市場の不均衡と輸入圧力につながりました。


特に、進行中のプロジェクトを完成し、新たな生産能力を導入しようとする政策当局者の意図はなかなか成功しませんでした。


1983年における計画を上回る投資拡大と輸出促進の強調によって生活水準はわずかしか上昇しませんでした。


このことは、現金収入、賃金率、社会移転および小売り販売などの個人福祉指標の低い上昇率に現われただけではありません。


政策立案者が国内調整策の消費者に与える影響の緩和を以前に比し、あまり勘案しようとしなかったので、物価の急騰をもたらしました。


消費者市場における価格安定性を維持することは、1970年代半ば以来政策立案者の最大関心事でした。


しかし、これらの中央計画経済国においては、複雑化する経済構造に対処し、効率を高めるため、計画管理システムを再構築するとして、価格政策を見直す必要性に対する認識が高まっています。

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         <pubDate>Thu, 10 Nov 2011 11:29:04 +0900</pubDate>
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         <title>経済計画と生産能力　3</title>
         <description>中国およびロシアも投資支出のわずかな上昇しか見込んでいません。


これらの政策目標は、輸入と国内消費を抑えると同時に緊縮政策が消費に与える影響を最小限に止め、製品を輸出にまわすために採用されたものです。


東欧諸国は総投資の平均2%減少を計画していましたが、同計画は各国間で差があり、東独とハンガリーでは10%減、ブルガリアとポーランドで2%増の計画となっています。


東独、ハンガリーおよびポーランドの支出超過により、グループ全休として実際には平均2%増となりました。


中国は、1983年後半に決定された引き締めにもかかわらず、計画を上回る投資の上昇を経験しました。


投資活動の上昇は、建設および工業活動には好材料となりましたが、政策立案者の明白な意図を裏切るものです。


この投資の上昇が起こったのは、投資決定が、地方行政府および留保利益と銀行貸付に基づき個々の企業によりなされたことに起因しています。


このため、多くの国でこの上昇を抑制することが重要な課題となりました。


・・・しかし、問題は計画が守られなかったことだけではありません。

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         <pubDate>Tue, 04 Oct 2011 11:28:11 +0900</pubDate>
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         <title>経済計画と生産能力　2</title>
         <description>中国の1983年計画は、ゆるやかではありますが、よりバランスのとれた成長を見込んでいました。


また、1970年代末以来漸進的に導入された経営管理および生産奨励制度の一層の改革推進を討画しています。


多くの国はこれらの、、卜画の主要目標を達成することができませんでした。


東欧およびロシアにおいては、輸出と個人所得に関します。


計画の目標は精力的に実行されましたが、輸入、投資活動および消費者市場に関する目標は、実行されなかったケースが多いのです。


中国でも計画水準より大幅な逸脱も見られます。


輸入は予測ほど伸びなかったのです。


国内消費支出は計画目標をはるかに超え、重工業および軽工業間、消費および貯蓄間の不均衡が目立っています。


東欧における1983年の主要目標の1つは、過去2年間の経験に従って、投資活動の現状維持もしくはマイナス成長です。


・・・しかし、政策立案者は、この投資の停滞が生産性向上および燃料・原材料のより効率的利用によりある程度の生産成長達成の妨げにはならないてあろうと考えていました。


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         <pubDate>Sat, 03 Sep 2011 11:27:02 +0900</pubDate>
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         <title>経済計画と生産能力</title>
         <description>成長の加速が、現在の不均衡の悪化あるいは近年における緊縮政策の原因となった不均衡の再燃をもたらさないためには、各国内およびグループ内の経済政策が現状の開発条件を如何に勘案できるかにかかっています。


1983年の経済計画およびそれに関連するマクロ経済政策議論は多数の国で慎重な成長を予想しています。


1982年における極めて深刻な対外的制約により、政策立案者は全体の生産・分配計画の最大関心事項として経常収支の改善をあげています。


全ての東欧諸国は輸入については停滞または漸増にとどめ、輸出の急増を目論んでいます。


国内消費、特に投資の伸びは総生産の伸びを下回るものとされています。


計画実施状況報告に報告されている1982年の実績を背景として、当時のソ連は1983年における総生産の伸びを小幅のものと見込んでいました。


これは、主として、主要輸出産品、特に石油の輸出見通しが不振なものとなっていること、運輸部門におけるボトル・ネックが改善していないこと・・・


および基礎的供給部門の生産能力が限界に達していること等によるものです。

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         <pubDate>Wed, 10 Aug 2011 11:18:57 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>インテリアについて　2</title>
         <description><![CDATA[こんにちは。


今日もインテリアについての話をしたいと思います。


バランスのとれた落ち着く部屋にするためには、足し算と引き算でインテリアを考えていくととても楽です。


たとえばカーテンを柄物にしたら、照明は<a href="http://temponotatsujin.jp/" target="_blank">かくれん棒</a>などのシンプルなものにするなど・・・


ステンドグラスのような少し派手目の窓でも同じですね。


ステンドグラスとは、色ガラスや絵つけされたガラスの断片を組み合わせ鉛でとめたパネルです。


透明なカットガラスを使ったものや型板ガラスに色や柄を焼き付けたもの、強化樹脂板を加工したステンドグラス風のものがあります。


移りかわる季節や光の変化によって楽しむことができます。


色の強い組み合わせより、中間色のアールヌーボー調のものなどが使いやすいのではないでしょうか。

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         <pubDate>Tue, 05 Jul 2011 14:19:20 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>インテリアについて</title>
         <description><![CDATA[こんにちは。


今日は少しインテリアコーディネートについての話をしたいと思います。


みなさんはインテリアにこだわりを持っていますか？


家具や<a href="http://temponotatsujin.jp/" target="_blank">かくれん棒</a>などの照明器具を考える前に、まずはインテリアについてのポイントを学ぶといいでしょう。


今日は障子の話。


障子は日本建築の美の一つとして、私たちは昔からなじんでいます。


和紙を通す光はやわらかなやさしさを感じ、人の気配などをあからさまに見せないという優れた素材です。


また洋風、和風を問わず使え、ドレープのかわりに障子を使いますとシンプルで美しいインテリアがつくれます。


障子には猫間障子、水腰障子、腰付き障子などがあります。

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         <pubDate>Fri, 03 Jun 2011 14:17:20 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>工女の虐待　4</title>
         <description>ところが返答はキヌイの申し立てとは異なっていました。


平素の虐待については、その確たる事実を得られず、また雇主関根イト方は、工女20人余も使用する字内第一の機業家であるので、工女の直接監督は雇主の親戚である島田タカに一任してあります。


今回の被害者である千葉キヌエ(キヌイ)は、本年2月中雇われてきました。


しかし、以前に宿屋奉公した経歴があり、性質は遊惰で業務を怠るためしばしば雇主に叱責され、また朋輩の金品を窃取した疑いもあって、朋輩工女までから忌避されていたといいます。


・・・ともかく関根方の工女の待遇は他の機業家よりも酷であるという資料はありません。


今回の殴打創傷罪に処せられたタカ、ヤイの両人がキヌエを殴打負傷させた原因は第1に朋輩工女の金銭を窃取した嫌疑と、第2は業務の出来ないこととによるものと認める、というものでした。


では、キヌエの申し立てと警察の報告とどちらが正しいのでしょうか。


裁判の審理判決の結果はもとより、判決理由からみてもキヌエが受けた虐待は事実とみられます。


また判決理由の中で、司法警察官の聴取書中タカは千葉キヌエ(時にはヨシェとなっている)が糸繰りをしていて、それが間にあわない時は、裸体にして手で背部の辺を突いただけとの陳述もあります。


しかし、医師の診断書の記載通り公判廷供述中の「ヨシエ」の創傷はひどく鶏卵大の血腫を生じているほどの傷であることを認めています。

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         <link>http://mtcorp.net/2011/05/4_1.html</link>
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         <pubDate>Thu, 26 May 2011 15:54:34 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>工女の虐待　3</title>
         <description>そこに2日ばかりの間は苦痛を忍び飢を忍んで息をひそめていたが、ついに堪えかねて、9日午前1時頃またもひそかに縁の下から這い出て、重い足を引摺りながらようやく大宮町まで逃げ延びてきた。


同所の雇人口入業武田ラク方に赴き、事の次第を涙ながらに打明け、他の奉公の周旋を頼んでいた折・・・


大宮署の鈴木巡査が同家前を通りかかり、キヌイの姿を認めて不審を抱き、親しく事の仔細を尋ねてみれば、捨て置き難い事柄なのでその旨大宮署に報告に及んだ。


そこで同署では即時刑事巡査を派遣して取り調べたが、キヌイの申し立てに違いないので


取敢ず主人のイトをはじめタカ、ヤイの3人を捕えて尋問したところ、イトは無関係なことが判明したのでそのまま放還


タカ、ヤイの両人は被害者の告訴によって浦和地方裁判所へ送致し同所で審理の末、前記の如き判決を与えたという。


また被害者キヌイはその後、大宮町の潔行舎という掃除受負人の許に引き取られたが、今もなお傷の治療中である。


・・・このような報道について、商工局は埼玉県警察部宛、その事実を照会しています。


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         <link>http://mtcorp.net/2011/04/3_1.html</link>
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         <pubDate>Tue, 26 Apr 2011 15:51:48 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>工女の虐待　2</title>
         <description>・・・ところが東京とは偽りで、その実キヌイは大宮町に連れて行かれ、ある桂庵の手を経て前記関根方へ前借金15円で住み込んだが、その15円さえ自分の身には一文もつかず、ことごとく周旋人に捲き上げられてしまった。


ここではじめて身を売られたことを知り、どうしたらよいか案じたが、相談相手一人たりともなく、ただ涙をのんで同家で過すことにした。


忍耐して一生懸命働いたが、日がたつにつれて主人の待遇は悪くなり、その上主人に従う次女タカが女の身にあるまじき悪口雑言をはいてキヌイをののしるのだった。


それをキヌイは従順に柳に風と受け流していれば、それをまたよいことに調子に乗って付け上り、


『豚力猫ヲ使フヤウニ1分間モ休息サセズ毎日1丈ノ機ヲ織ラザレバ食物ヲ与ヘスト云渡スニ至リシヨリキヌイ、


夜ノ1時2時迄機台ヲ下リルコト叶ハス


身体次第二衰弱シテ今ハ苦痛二堪へ難キマデニ至リシヲ無慈悲ノタカ等ハ仮借ナク


叱シテ現二去月6日ノ如キタカハ、些細ノ事二角芽立チ雇女ノヤイ、ヲ加勢二頼ンデ泥二塗シ下駄ヲ取ルヨリ泣キ詫ブルキヌイ、


ヲ引倒シテ頭部面部ノ嫌ナク打据エテ打撲ヲ負ハセタルニゾ流石ノキヌイ、モ心ヲ決シ……』


・・・翌日午前4時頃家内の者の目覚めないうちにひそかに寝所壷起き出て、ひとまず縁の下に身を潜めていました。

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         <pubDate>Sat, 26 Mar 2011 15:50:15 +0900</pubDate>
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         <title>工女の虐待</title>
         <description>明治30年代には、工女の虐待が絶えず新聞紙上に報ぜられ、社会問題化していました。


『職工事情』は、その当時の工女虐待の状況を生々しく伝えています。


そのうちの数例をここに掲げておきたいのです。


まずは埼玉県の例。


明治34(1901)年9月、埼玉県北足立郡大宮在植水村で起きた工女虐待事件について、同39年9月18日の『時事新報』はつぎのように報じています。


工女虐待の裁判、埼玉県大字島根機業家関根イトの次女タカ(28)及び雇人岡村ヤイ(16)の両人が雇人たる千葉キヌイ(16)を殴打して十数カ所の傷を負わせた件により・・・


去る15日浦和地方裁判所に於て、タカは重禁固15日、ヤイは拘留7日に処せられた


その次第を聞くと、被害者キヌイは岩手県西岩井郡老松村、千葉安之助の姪


9歳の時両親に世を去られ、余儀なく叔父安之助方に身を寄せて近所の者の子守などに傭われていたが、本年2月中ある人の世話で東京に奉公に出ることになり、叔父安之助も承知してキヌイを世話人に引き渡した。


・・・と。

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         <link>http://mtcorp.net/2011/02/post_19.html</link>
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         <pubDate>Sat, 26 Feb 2011 15:48:56 +0900</pubDate>
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         <title>ほんものの名酒とは　10</title>
         <description>また純米酒が普及しはじめた頃は、「一級にうまい酒がありますね」と酒のわかる飲み屋のおかみさんが言いだしました。


これは純米酒はまだよく知られていなかったので、蔵元のほうでもせっかくいい純米酒を出荷しても売れないのを懸念して、税金面も安く抑えられるので一級規格にとどめました。


またアルコール添加量を控え目にして糖類を添加しない本醸造酒も、おなじ理由で一級酒のものが多くなったのです。


かくて「一級にうまい酒が多い」という現象が目立つようになったのです。


しかし、その後すばらしい吟醸酒や古酒で、もし純粋に品質を酒類の格づけの規準とするなら、これこそ特級、超特級の酒なのに、税金対策のため、わざと一級や特級の格づけ審査にださない「無鑑査」の高価格二級酒が、デパートの酒売揚などに並ぶに到ったのです。


こうなると二級とはいっても「酒は地酒の二級にかぎる」と酒通が礼賛したのとはニュアンスがちがってきます。


級別撤廃論や、特・一・二級の区別はナンセンスだという論もこの辺から出てきました。


とにかく、こうした実状をふまえて、酒を品質と味で区分けしようとするなら、どうしてもジャンル分けして、特定の酒がそれぞれのジャンルにおいていかにすぐれているかを見極めるのでないと、明確にならぬのです。

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         <pubDate>Sun, 09 Jan 2011 18:53:47 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>日本の学界のうぬぼれ</title>
         <description><![CDATA[・・・洋行者は、あるいはその数において減少せざるが如しといえども、洋行というものの性質は、今まさに一変せんとす。


一、ニの例を挙げて証せんに、昨年早稲田専門学校卒業生島村滝太郎氏の洋行するや、文学博士坪内雄蔵氏送別に臨みて演説して言えらく、従前の洋行者は定見なくして行き、彼の学に心酔せり。


今後の洋行者は定見を持して行き、彼に参考の資を求むと。


いわゆる定見にして彼に優るか、または少くも彼と同等ならば、この現象は旧に比して著しき進歩ならん。


然れどももし定見の彼に劣るものあらんか、いわゆる定見を持しての洋行は、三四十年前の他山石主義と何ぞ択まん。


また最近の太陽に、在ベルリン文学士姉崎正治氏の回書を載せたるを見るに、姉崎氏は自家の洋行のほとんど全く無功なりしを歎じ、ドイツの学聞宗教の根抵の取るにたらざるを看破したるをもって、自家の洋行の唯一の利益となしたり。


しかして今の文壇の名士は多くこの説に賛同せり。


これ洋行無用論たるに近く、また一歩を進めて言えば、洋学無用論たるに近し。


これによりて観るに、洋学衰退の朕兆あることは事実なるが如し。


しかしてこの事実の由りて来たる所は、明治文教の隆盛ようやくその度を進めて、学者の自信力の長じたるにあり。


今の問題は、この自信力はたして実価ありや、堅固なる根抵ありや、または驕慢自負うぬぼれの致すところなりやを論究するをもって、最も緊要なりとす。


・・・鴎外は若いころドイツに留学し、ヨーロッパの空気を吸って成長した人です。


日本の学界のうぬぼれに大きな反発を感じたことでしょう。


本日の英語のお話は以上です＾＾


そういえば、最近買った<a href="http://www.tnp.co.jp/" target="_blank">香水</a>の評判が良いのです♪


特に女性に＾＾




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         <pubDate>Sat, 11 Dec 2010 13:08:48 +0900</pubDate>
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